「環境問題」に対しての行動

行動の前には思考が来る

 最近では時折無視されがちになっていたりはしますが、基本的に環境問題への対応を考えるに当たっては重要な考え方があります。まず一つ目は持続可能性、そして費用対効果、最後は科学的信用性というものがそれにあたります。

 持続確率は、ある物や活躍が、人間活躍を維持し持続させていけるのかどうかという確率について指す言葉で、持続可能な開発(持続可能な発展、持続可能な社会)は持続確率を最大限尊重した開発を進めていくことです。持続確率を保持しながら資源やエネルギー等を利用していく社会を循環型社会といい、省資源、省エネルギー、ゼロ・エミッション、3R等さまざまな形があります。

 特に、最近では環境問題が産業活躍だけでなく、個人等の民生活躍が主要因となっていることもあって、この視点は一般の人にも求められるようになってきています。でもあります。産業活躍については、その組織的な特性を生かしてすべてな対応をとり、罰則等を定めるのも容易です。しかし、個人については、多種多様な考え方や生活様式(ライフスタイル)があるためすべてな対応をとるのが難しく、罰則を定めるのも容易ではないため、一人一人の考え方や行動に委ねられている部分が大きい。その為、民間では環境保護活躍の影響力が大きいとされているからです。

持続性を成り立たせるもの

 また、費用対効果もこの中では重要になってきています。これは持続可能性とかぶる部分がありますが、支払った分のリターンが一定量得られなければ、これは継続を続けていくことが非常に難しくなってしまうからです。そして最後の科学的信用性ですが、これは費用対効果の効果の部分をしっかりと把握するために必要な物となっています。折角費用をだして実施したのにも関わらず、後から科学的裏付けが無かったり、科学的信頼性を失ったりするといった結果に陥れば、非常に勿体無いことになってしまいます。しかし、その一方で、そう言った信頼性が無くなったのにもかかわらず、既にある利権や、また無駄なものに費用を費やしていたという批判を受け流すために、トンデモ科学をあたかも科学的信頼性があるかのように後生大事にお守りのように身につけて活動しているという信じられないような状況に陥ってしまうのも問題です。

生活環境を革新する

 また環境問題全般への対応として、都市への人口集中や過疎を軽減し、地域単位でローカル・コモンズを利用していくことが挙げられています。これにより物やエネルギーの輸送は最小限で済み、環境汚染に対する責任がとりやすくなる等の効果があるとされ、日本では、古くからの「生活の知恵」を再考し、循環型社会の実現や里山保全等が行われています。スローライフや自給自足も、環境負荷の軽減は大きいとされています。

一方ではびこるエコテロリスト

 しかし、こうした様々な工夫が行われる中、政治的あるいは経済的な理由、または精神的な理由によって活動が過激化し個人を中心としたナショナルトラスト運動をもっと過激化したエコテロリスト等の過剰な活躍が問題となったりしている側面もあります。特に有名な中には動物解放戦線だったり地球解放戦線だったりするものがあり、環境保護や、動物愛護を目標として掲げてはいるものの実際には放火、爆破、破壊、略奪、脅迫、誘拐、拷問、傷害等のテロリズムに分類される活動を繰り返しているといった現状があります。こうしたエコの問題は、特に科学的裏付けと、費用対効果という考え方が出来ずに絶対神として取り扱ってしまうと、程度の大小はあれども、こうしたエコテロリスト化が進んでしまうということもあるのです。流石に日本では、こうした暴力行為に及ぶことは少くなってはいますが、迷惑行為を働いたりサボタージュを行ったり、またネット上での過激な叩きや、マスコミによるメディア・スクラムといった陰湿的な問題が発生してしまってはいるのです。